爛柯亭仙人の
囲碁掌篇小説集


コンピュータと囲碁


コンピュータと囲碁 10

囲碁が強くなる特殊な眼鏡『碁眼力』が完成した。目の前の対局情報が眼鏡内の超小型計算機に送信され、最善手がレンズに表示される。その手を打つだけでいい。対局相手には単なる眼鏡にしか見えない。だが、問題が一つあった。指示どおりに碁を打ち続けるのは、死ぬほど退屈なのだ。

コンピュータと囲碁 9

猫田名人の一手に会場内がどよめいた。壇上の解説者は少考後、
「予想外の最強手」
と感嘆した。対局者の読みは観戦者の何倍も深いと言うが、名人の読みの量は化け物じみていた。それもそのはずだ。猫田名人の正体は、世界最高性能の量子計算機猫型ロボット『碁楽えもん』なのだから。

コンピュータと囲碁 8

男は史上最強棋士との評価を得ていた。男の壊れた左脳の一部は量子計算機が代用し、膨大な読みから最も勝率の高い候補手を複数選びだす。男はそれらを右脳で評価し最善手を打つ。その方法で名人となった。だが、男の天下は長続きしなかった。前名人が事故で左脳を損傷したのだ…。

コンピュータと囲碁 7

世界最強のコンピュータ囲碁ソフトとの対局を楽しんでいる。私は平均的な碁会所のアマ5段だが、4子でいい勝負。いや、じつのところ私のやや負け越しである。すごい時代になったものだ。もはや敵はプロ級の腕前に達している。プロとの公開対局が禁止されたのも頷けるというものだ。

コンピュータと囲碁 6

囲碁は芸術だ。無限に等しい変化の中で、両対局者が創り上げる唯一無二の棋譜。そこに芸術性が宿ると私は思う。
「でも先生、全手順が解明されたら?」
それでも芸術なのかと囲碁教室の生徒に質問された。そう。おそらく。感動を呼ぶ、手順の一つを選択すること。それを芸と呼ぶのだ。

コンピュータと囲碁 5

囲碁はゲーム理論上、二人零和有限確定完全情報ゲームと呼ばれる。要するに最善手順が存在する。先番で最善手を打てば、神様が相手でもおそらく勝つ。問題は最善手順がわからない点だが、私の研究によって、今ようやく扉が開いた。量子計算機の完成。そう、私こそが神になるのだ。

コンピュータと囲碁 4

モンテカルロ法の採用により囲碁ソフトは驚異的な進歩を遂げた。しかし今、それをはるかに上回る画期的な概念が発見された。囲碁ソフトはプロのレベルを凌駕し、神に一歩近づいたのだ。そんな人間界の様子を見て神様が呟いた。
「わしの爪の垢でも煎じて飲んだほうがマシなのに…」


コンピュータと囲碁 3

コンピュータの囲碁ソフトがプロの実力を超えるまで、さほど時間はかからなかった。着手の選択方法が人間よりもむしろ神に近づいたのだ。碁界の空気は一変した。プロとの対局は禁止、市販ソフトの最強レベルは県代表止まりとなった。今や棋士はソフトを師と仰いで勉強に励んでいる。

コンピュータと囲碁 2

コンピュータがついに19路盤を完全解明した。神の一手が究められたのだ。初手で最善手を逃すと、
「アナタノ○モクマケデス」
と瞬時に告げてくる。逆に最善手を打つと、
「マケマシタ」
と潔く投了する。面白くもなんともない。だが、これでいい。全手順は教えてくれないのだから。

コンピュータと囲碁 1

コンピュータが19路盤を解明したという知らせを私は大学の研究室で受け取った。
「驚かないんですか?」
と助手。
「将棋が解明されて、いずれは囲碁もと思っていたからね」
それが進歩というものだ。
「まあ、興醒めというのなら、21路にすればいいさ。それで当分は楽しめるはずだ」

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